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今朝、私たちは、朝のフルーツにネクタリンをいただきました。
随分といろいろな果物を食べたことがあると思っていたのですが、
フルーツの名前は知っているものの、
まだ、この人生において、食べたことのないフルーツがあるものです。
現在、我が家では大地の会という宅配を利用しています。
先週の案内で、ネクタリンという果物の案内を見て、私は早速、注文してみました。
私は、このネクタリンをおそらくは、この人生ではじめて食べたのですが、
その濃密なるジューシーさと味わいの深さに、
あっという間に、ネクタリンのファンになってしまいました。
ネクターという言葉は、不老不死のためのギリシャのお酒とも言われていますが、
そういえば、随分と以前に、ネクターなるネーミングの濃密な果実のジュースもありましたよね!
プラムより大きくて、ももより小さい大きさのこのネクタリンは、
見た目は、ももほどやわらかではないのですが、
内容は、とってもジューシーで、
もう、”フルーツ界の女神”と名づけたくなるほどのすばらしさでした。
おそらくは、とっても大切に愛情を持って育てられた大地の会お薦めの果物なので、
より一層、おいしかったのだと思うのですが、
「私も果物ならば、ネクタリンのようになりたい!」と感激して彼に言うと、
「ナフタリンですか? ノータリンですか?」と彼に茶化されてしまいました。
2004年の7月23日現在、
私は、”フルーツの女神”として、”ネクタリン”を推薦したいと思います。(笑い)
さて、味はどんな感じかというと、
とっても濃密なる味わいで、
ネクターというジュースに表現されるごとく、
スムージーではないものの、
エネルギーがいっぱいつまった濃〜いジュースのような感覚とでも言いましょうか。
実際には、実はしっかりとしているのですが、
ひとたび、それを口にすると、
ネクターそのものの内容いっぱいのジューシーな感触が広がります。
アメリカのリラ・デイビーが創始したマスターズというフラワーエッセンスでは、
様々な果物のお花のフラワーエッセンスがあり、
それぞれにテーマがあります。
ここでは、桃は母の愛、
ナツメヤシは、おばあちゃんの愛のごとく叡智を持った愛の象徴でもあるのですが、
今回のネクタリンは、
これらのどちらでもありません。
★
あまりのおいしさに、ひとたびこのネクタリンのジューシーさに魅了されてしまうと、
もうそのとりこになってしまいそうなほどの魅力的存在です。
濃密で、パワフルで、甘さがあって、美味で、
どこかエレガントでもあります。
★ ★
現在、我が家の朝は、フルーツオンリーです。
今の季節は、それは豊富な果物がいっぱいあって大喜びの季節でもあります。
母の愛のももさんや、
無条件の愛の葡萄さん、
流れとともにという謙虚さとつながるバナナさん、
今の季節は、葉山産の小ぶりのスイカさんもとってもみずみずしくて新鮮で美味です。
こうして、私たちは、フルーツ三昧のエンジェリックな朝食を楽しんでいます!
★ ★ ★
追伸
先日のネクタリンのあまりのおいしさに、
かなり質のよい商品を扱っている近くのスーパーで、
再び、ネクタリンを買ってみたのですが‥‥残念!
どうやら、先日の大地の会のネクタリンは、異例中の異例のおいしさだったような!
大地の会は、自然農法に近い生産者の果物を扱っているので、
ずばぬけておいしかったのかもしれません。
安全で健康的な宅配ブームの元祖とも言われている大地の会では、
限りなく無農薬に近い野菜や果物を取り扱っています。
農薬を使用している場合には、その種類や散布回数、また生産者も明示されており、
生産者の声も届けられ、心をこめて育てられているのを感じます。
この地球に、健康的でおいしい果物野菜が、どんどんと増えることを心から祈っています。
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皆様は、この夏をどのようにお過ごしでいらっしゃいますでしょうか?
陽風木もれ日庵周辺は、夏本番。
自然界の多くの存在さんたちが、見事な合唱会を繰り広げてくれています。
この周辺では、
不思議なことに、夏真っ盛りになっても、時おり、鶯のけきょちゃんが登場します。
大抵の場合は、セミさんの大合唱がちょっと静まったそんな一瞬をみはからっているかのごとくに、
鶯のけきょちゃんはさっそうと登場しては、見事な音色を響かせてくれます。
どうやら、このあたりは、鶯さんの里になっているような感じです。
毎年、こうして夏の真っ盛りに、自然界の大合唱とともに、
時おり参加する鶯さんの歌声を聴けるのは、なんとも感激です!
昨日までは、ジージー蝉さんや日暮蝉さんがメインでしたが、
今朝から、みんみん蝉さんが登場しました!
みんみん蝉さんごとくで、何をそんなに大げさなと感じていらっしゃる皆様もあるかもしれません。
私も都会に暮らしていた頃はそうでした。
暑さで熱せられたアスファルトにみんみん蝉さんの声が響き渡ると
なんだかもっと暑くなってしまうようなそんな感じさえして、
みんみんみん〜というこの声は、暑さの象徴でもあり、
あまり好きとはいえませんでした。
ところがどうでしょう!
葉山に移り住んでからというものの、
夏には、たくさんの蝉さんが、もう音声多重構造の状態で、響きあっているこの壮大さに遭遇し、
私のみんみん蝉さんへの思いは、ほのかな愛情へと一転したのです。
私にとって、みんみん蝉さんに、みんみん君と呼称をつけて呼びはじめ
ているほど
なぜか親近感が出てきたほどです。
ジージー蝉さんが、とっても集合的な音色を奏でるとするならば、
みんみん君は、ソロ活動をしばしば行います。
もちろん、みんみん君が群集で音を響かせ合うこともあるのですが、
私は、みんみん君が個としての存在で、
「みんみんみんみ〜〜〜ん」と奏でているのを耳にすると
そのあまりにも一生懸命さに心が打たれてしまうのです。
もう心の中で、みんみん君にエールを贈っているほどです。
夏の最初に上手に音を響かせられて時など、拍手を送ってしまったり‥‥
きっと、ここ陽風木もれ日庵周辺では、
本当にたくさんの生命さんたちの音色がそれは見事に調和しながら響きあっているので、
都会で聞くのとは別の魅力を醸し出すのだと、そんな風にも感じられます。
ある時は、鶯のけきょちゃんが登場したかと思うと、
また、夕方には、リスさんの声が響き渡ったり、
突然、コジュケイさんというおもしろい鳴き方をする鳥さんが参入したり。
このコジュケイさんの鳴き方は、
みんみん君との一脈通じるような、全身全霊を込めた鳴き方に特徴があります。
またまた、カラスさんの
、どすの利いた声が遠くから聞こえてきたり、
あるいは、とんびさんが鳴きながら急接近して舞い降りてきそうになったり、
変化に富んでいる夏の季節の音楽会は、延々と繰り広げられます。
もう、おもしろくて、CDの音楽を聴いている場合ではありません。
不慣れで苦手な生き物さんに遭遇することもあるので、手放しにばかりは喜べませんが、
それでも、こうして自然をすぐそこに感じられる場所に今こうして住んでいることに、
レディーガイアからの贈り物を本当にありがたいと心からそう思います。
★
これらの音楽界は、それぞれがそれぞれの居場所で個性的な表現をしているので、
ものすごいばかりのなんとも表現のしようのないほどの壮大なる
音声多重構造の大合唱会なのです。
★ ★
遠くの音に耳を傾けているうちに、
ごく自然と、自分自身のオーラが広がりゆくのを実感します。
そうして、私もいつの間にか、
自分自身も自然界の存在の1つとして、妙に溶け込みはじめていくのを感じます。
★ ★ ★
こうしていると左脳の活動は休息モードとなって、
ただ、”在る”というそこのことのみにフォーカスできるおもしろさがあります。
夏の合唱会は、私にとって、とっても”禅的な雰囲気”を提供してくれる”すばらしい魅力”があります。
★ ★ ★ ★
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2004年8月1日(満月のヴァイブレーションに抱かれて)
8月になりました。
こちらの地域は、久しぶりの晴天なので、
私は、早起きをしたこともあって、朝から海にお散歩に行こうと決意していました。
お散歩を決意するなんて、
妙な言い方ですが、
この暑い最中は、私の場合、決意しておく必要があるのです。(笑い)
そうでないと、なんとなく時間がたってしまうことがたびたびあったり‥‥
朝のお散歩が延期になると、
今度は涼しくなってからと思っているうちに、仕事が入ったり、雑事をしたりで、
えっ?もうこんな時間なの?ということになってしまったり‥‥
葉山に越して来た最初の夏は、
様々な時間帯に海に出かけてみたりしてそれなりに、楽しんでいましたが、
最近では、強い日焼け止めをつけたくないこともあって、
朝か夕方が海岸へのお散歩タイムになりつつあります。
それゆえに、
ことに夏の海へのお散歩に関しては、
私にとっては出かけようと思ったら、しっかりとコミットすることが必要なのです。(笑い)
このところの台風で、海どころではなかったためか、
今日は、日曜日ということもあって、
私が知っている葉山の夏の中では、最高の混み具合でした。
もう、一色海岸の浜辺は、まだスペースはあるものの、いたるところ、ビーチパラソル。
まさに、夏の景色です。
もしかしたら、先日雑誌のOZにも葉山の特集が掲載されていたので、
その影響もあるかもしれません。
今朝の海岸は、いつもなら、海底になっている場所まで、潮が引いて、
砂浜がいっぱい現れていました。
お月様のリズムとこうして呼応しているのを
はっきりと目で見ることができるのは、海のおもしろさの1つでもあります。
満月は楽しいイベントにはぴったりの時です。
それもあって、きっと海も盛況だったのかもしれません。
晴天とはいうものの、
海岸は気持ちのよい風が吹いていて、
結構快適でした。
家に帰宅してしばらくすると、
今日は、新顔のクマゼミさんの音色を聞くことができました。
朝の4時過ぎから、
夜、日が暮れてしばらくするまで、
我が家は、1日中、蝉さんのバックコーラスが流れています。
蝉さんは、網戸にとまるのが好きなようで、
どの部屋の網戸にも、
本当によく蝉さんが張り付いています。
先ほども、部屋で、本を読んでいたら、
蝉さんがぱっと網戸に張り付いてきて、
それは大音響で、しばらくの間、生命の賛歌を聞かせてくれました。
夏の短い命を精一杯に謳歌している姿や音色を見聞きすると、
こちらまで、エネルギーがひしひしと伝わってくるほどです。
先ほど、このコーナーを書こうとパソコンに向かい始めたら、
超久しぶりに、友人からTELが入りました。
不思議なことに私がゆったりとパソコンに向かいはじめると、
しばしば、こうしてTELが入ることがあります。
見えない世界では、
私が猛烈に忙しくない時に、パソコンに向かっているのを知っていて、
このタイミングをキャッチしているのだと思います。
もう日も暮れ始めています。
外では、日暮せみさんの涼しげな音色が響き渡っています。
静かに穏やかに日が暮れていこうとしています。
朝、お散歩をするとなぜか、その日、1日がゆったりと感じられます。
こうして、私の8月がはじまりました。
昨日までの私は、
このところ、とっても変わった睡眠サイクルを体験していました。
これも、もしかすると満月にいたるまでのエネルギーの高まりとほんの少し、
関連があったのかもしれないと、そんな気もします。
睡眠サイクルの話は、クレアセンシャンス・フィーリングノート
睡眠サイクルってこんなに変化するの?の巻きをどうぞ。
2004年8月5日(自然界からの訪問者たち)
この夏は、様々な自然界の存在たちとの遭遇があります。
1週間ほど前、
お風呂を掃除していると、お風呂の網戸に
大きなヤモリさんがぴったりと張り付いているのを見つけました。
見ている分には、
愛情を持てるヤモリさんも、
いざ、家の中まで入ってこられると、ハラハラドキドキしてしまします。
かつて、ハワイ諸島や南の島々に旅行していた頃、
やはり、随分とヤモリさんには遭遇したのですが、
旅先と、
我が家とでは、受け取り方がちょっぴり異なります。
旅先のホテルやコテージで、ヤモリと遭遇すると、
彼らは恥ずかしそうに、さっと時計の後ろやカーテンの後ろなどに隠れます。
気立てがやさしいのは、わかっているので、
旅先ならば、南の島に来たのだからと
気持ちを大らかにして、
バランスを保ったものでしたが、
いざ、こうして、我が家に、来客があると、
彼らをペットにするほど得意ではない私としては、
お願いだから早く外に出ていってね!などと
テレパシーを送りたくなってしまいます。
そういえば、お風呂の網戸にヤモリさんが張り付いていたのは、
台風の最終日の頃でした。
きっと、雨宿りをしたくて、
軒下に来ていたのかしらとも思ったのですが、
家の様子を観察しているようにも思えたり‥‥
その翌日、
トイレで、小さな赤ちゃんヤモリさんと遭遇しました。
手でつかむのは、気が引けるし、
苦肉の策で、私は、トントンと近くの壁をたたきながら、
ゆっくりと赤ちゃんヤモリさんに話しかけながら、
一生懸命、玄関に誘導しました。
どれだけ、時間がかかったことでしょう。
おそらく30分くらいかけながら、
私は、赤ちゃんやもりさんを誘導して、
無事、赤ちゃんヤモリさんは、玄関から自然界へと戻ることができました。
やれやれと思っていると、
その翌々日、
またしても、赤ちゃんヤモリさんと遭遇してしまいました。
ヤモリの生態には、詳しくないのですが、
もしかするとお風呂場の網戸に張り付いていたヤモリさんの赤ちゃんではないかしらとも思えます。
2度目の赤ちゃんヤモリさんは、
勇気をもって、ティッシュペーパーで、そっとつかんで、ビニールの袋に入れることができました。
早速、私は外に出て、すぐ近くの緑の中に、
自然にお帰りなさいね!と言って、放そうと試みました。
もう出たかしらと思って真っ暗な中、ビニール袋を見てみると、
まだ赤ちゃんヤモリさんは袋の中に張り付いていました。
もう1度、私は、
赤ちゃんヤモリさんに話しかけて、
やっと自然界に戻ってもらうことができました。
私にとって、まったく気にせずに彼らと同居することは
ちょっとむずかしいことです。
けれども、
こうして、我が家を訪ねてくれたことに、
また、家のまわりを守ってくれていることに心から感謝しています。
ほっとしたのもつかの間で、
昨日、また今度は、もっと大きなヤモリさんと遭遇しました。
きっとこのヤモリさんはお父さんヤモリさんに違いないというほどの貫禄がありました。
早朝、彼を仕事に送り出して、
雨戸を開けていると、
戸袋のところに、
このお父さんヤモリさんがたたずんでいたのです。
あまりにも立派なヤモリさんと遭遇して、またまた、どきっ!としてしまった私は、
しばらくの間、残りの雨戸を開けられなくなってしまいました。
心の中で、
ちょっと別の場所に移動してね!と伝えながら、
この4回目のヤモリさんとの遭遇に、
一喜一憂している自分を眺めては、
何も悪さをしているわけでもない彼らを受け入れることがむずかしい自分自身に
ワイルドな感性の乏しさを痛感しました。
そして、今朝、
すごい音がしたので、2階に上がってみると、
なんど、大きな鳥、
おそらくは、トンビさんらしき巨大な鳥が我が家の2階のベランダで、
バタバタと大立ち回りをしているのに遭遇しました。
このあたりは、よくトンビさんが、
旋回していて、
2Fのベランダの塀の近くにまで立ち寄ることがあります。
つい先日も、彼が、
「網戸を開けておいたら、家の中に入ってきそうなくらいトンビが急接近してきた」と
言っていたばかりでした。
30分くらい、私は、どうしたものかと思案しながら、
トンビさんの様子をベランダに面した2つの部屋の窓から眺めていました。
最初の頃は、
私が眺めようとするとそれを察知して、別の場所に移動していましたが、
そのうちに、目があっても(私が勝手にそう思っているだけのことですが)、
ことさら気にとめないほどになってきました。
とは言うものの、トンビさんは、
時々、長さ4m、幅70cmほどの細長いベランダを滑走しはじめます。
なんと、トンビさんがあまにも大きすぎて、
我が家の狭いベランダの横幅では、翼が思うように広げられないのです。
これには、見ている私の方も、いたたまれない思いとともに、
どうしたらよいものかと本当に頭を抱えてしまうほどでした。
一体、何度、空に飛び立とうとして、トライしていたことでしょう。
失敗しては、しばらく休んで、また再び、滑走をはじめます。
私は、心の中で、一生懸命にエールを送りましたが、
見ているうちに、なんとも言い様のない気持ちでいたたまれなくなりはじめました。
そのうちに、
これは、誰かにサポートを依頼しなくてはならなくなるかもしれないと
真剣に思案をし始めている自分自身をそこに発見しました。
一度、私は頭を整理するためにも、外に出かけるのがよさそうな気がしてきました。
早朝から開いているパンやさんに出かけながら、
その道の途中にペットのお医者さんの看板を確しようと思い立ちました。
と同時に、塀の中から飛びたてなくなっているトンビさんを眺めるにはしのびなく、
そしてまた、しばらくは、静観することの必要性を感じていたのも事実です。
ベランダのトンビさんには、がんばって脱出してね!と心からのエールを贈りながら、
私は、早速、パンやさんへと出かけました。
犬猫病院だと思っていたその病院は、獣医さんの看板が出ていました。
ならばトンビも扱えるかもと思い、ほっとしたのもつかの間で、
ちょうど、今日は休診日になっているのを見てがっかり。
トンビさんの救援って、一体どこに依頼すればよいのでしょう?
もう、なんとか自力で、飛んでもらうしか道はありそうにありません。
こうして、外出している最中にも、もちろん私は、
トンビさん自身に、心からのエールを贈り続けてはいましたが、
頼みの綱の獣医さんが休診日では、
もっと協力なサポートを考えなくてはならないと真剣に思案しはじめました。
すると、歩きながら、ある考えがひらめきました。
私は、さっそく、わらにもすがる思いで、
ある高次元の存在に祈りました。
もう、この存在にサポートしもらうしか最高の方法はないとさえ、思いながら、
ただひたすら祈りました。
この顛末に関しては、
クレアセンシャンス・フィーリングノートに続きを書くことにします。
興味のある皆様はとっさにひらめいた祈りとは?をどうぞ
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2004年8月13日(蝉さんの大合唱会がたけなわです)
今年は、本当に暑い夏です。
8月に入って、
陽風木もれ日庵のまわりは、
もう、半端ではないほどの、
生命の息吹にあふれかえっています。
今では、明け方、4時か4時半頃から
聞こえてくる蝉さんの声にもなんのそので、寝ている私ですが、
葉山に越してきたしばらくは、
夏というと
蝉さんの声が目覚ましになって、睡眠不足になっていた頃さえあるほどでした。
年齢の近い、男の子の兄弟がいなかったこともあって、
私は、蝉さんに関してまったくといってもよいほど、
知識がありませんでした。
けれども、
葉山に暮らしてみると、
蝉さんの声がしない夏なんて、
考えられもしないほど、蝉さんたちが身近な存在になりました。
例年、彼は、クマ蝉がいないね!と言っていたのですが、
今年は、クマ蝉さんのあたり年です。
8月に入ったある日、
私は、しゅっしゅっしゅっしゅしゅっしゅっしゅっしゅしゅーーーーーーーーーという
声に耳を澄ましました。
そうです。
待ちに待ったクマ蝉さんの登場です。
今年は、いろいろな方向から
クマ蝉さんの声が響いてきます。
ある時、
2人で、彼の書斎にいると、
網戸に美しい羽を持った蝉さんがとまっているのを見つけました。
私は、今年、生まれてはじめて、
クマ蝉さんの透明な透き通った羽を見ることができたのです。
まさに天女の羽衣のような美しさです。
彼も大喜び!
といっても彼らを眺めて音を聞くだけではあるのですが。
最近では、私も随分と蝉さんの声を聞き分けられるようになりました。
もう、この季節には、
音楽をかけるには、あまりにももったいなさすぎて、
ただひたすら、
自然界の大合唱に耳を傾けるのみです。
そこらじゅうで、
蝉さんが空気を振動させて音を奏でている光景は、
ものすごい迫力があります。
本当はもっと音楽的な表現なのですが、簡略化してみると
日暮し蝉さんは、「カナカナカナカナ〜〜〜」
クマ蝉さんは、それは長〜いワンフレーズで、
「シュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
みんみん蝉さんは、
「み〜んみんみんみんみんみ〜〜〜〜〜〜ん」
ジージー蝉さんは、
「ジージージージージー〜〜〜」
つくつくほうしさんは、
「ツクツクホーシ ツクツクホーシ ツクツクホーシ ツクツクホーシ ツクツクツクツクツク〜〜〜」
今朝は、クマ蝉さんの声と
みんみん蝉さんの声が重なり合って、
それは美しい合唱となっていました。
私は、しばらくの間、蝉さんの合唱に聞き惚れてしまいました。
彼らの合唱会には、
生命の息吹とエネルギーの美しさがあり、感動の世界そのものです。
蝉さんはこうして、短い一生を
精一杯に生きているのでしょうか?
地球がアセンションしている今、
そろそろ、私たち人間は、
人間が自然界のトップに君臨するという
自分勝手な思いを手放す時の到来ともいえるのでしょう。
どの種族も、懸命に生きているのですね!
外では、まだたくさんの蝉さんが、
一生懸命に生命の脈動の響きを奏でてくれています。
蝉さん!
たくさんの音色とともに、
すばらしい大合唱を聴かせてくれて
ありがとう!!!
今日は、我が家には、
ヤモリの赤ちゃんが、なんと今年3回目の登場です!
ヤモリの赤ちゃんに関しては、下記のクレアセンシャンスノートをどうぞ!
ほっと一息(赤ちゃんリジーさんの巻き) (20040813)
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2004年8月15日(またまた登場!)
前編
今朝は、8月としては、信じられないほどに、
気温がぐっと下がっています。
今日は、59回目の終戦記念日でもあり、
私は、この天候は、
私たちが静かに内側を見つめるために、
もたらされているのではないかと感じています。
今朝、またまた今年4回目の赤ちゃんヤモリさんを発見しました!
名づけて赤ちゃんやもやもさん!
キッチンの小さな網戸に何かがくっついている感じはしたのですが、
小さなその物体が何であるか、あまりよくは、わかりませんでした。
外は、雨風が強いし、
葉っぱでも飛んできて、
網戸にくっついているのかしらと最初は、
そんな風に思っていたのです。
遠目では、
網戸の外側の出来事だと思っていたので、
しばらくの間、気にも留めずにいたのですが、
つい今しがた、
平和の祈りのコーナーの
終戦記念のページを書き終わってひと段落したので、
椅子を持ち出して、
網戸をよ〜く見てみると、
網戸の外側にいたと思っていたのは、錯覚で、
本当は、網戸の内側の家の中に、小さな存在が張り付いていたのです。
近視の私としては
目をよく凝らして見ないとわからないほど、
それは小さな赤ちゃんやもりでした。
よく見ると、
小指よりも少し小さなその赤ちゃんヤモリさんも、
やっぱり、ちゃんと、ヤモリの姿をしています。
凝視していたら、
ピコッと目が合ってしまいました。
夜、寝る時には、
網戸にいたようには、思えなかたのですが、
気がつかなかっただけなのか、
はたまた、
昨夜のうちに、生まれ出でたのか???
私は、ヤモリさんの卵をみたことがないので、
いまだにヤモさんの卵が、
どのくらいの大きさか想像できないままでいます。
ちょうど、昨夜も、
彼が、海外の様々な生物からのメッセージをチャネリングしているHPの中の
ゲッコー(ヤモリ)さんの種族の話をきかせてくれていたところでした。
それによると
ゲッコー(ヤモリ)さんたちは、
変容を促すためのアセンションのヴァイブレーションを
地球にもたらしているというのです。
彼らは、成長する際に、
脱皮をするそうです。
そして、本来、自然の中では、
ゲッコーさんたちは、カメレオンのように、
自らの色を変えることができるのだとのこと。
ただし、人工物の中では、
保護色になることはできないそうです。
昨日、私は、はじめて、
ヤモリをインターネットで検索してみました。
そして、ほんの少し、ヤモリさんの理解が深まりました。
イモリとヤモリは、似て非なるもので、
イモリは、両生類、
ヤモリは、爬虫類とのこと。
窓に張り付いて、
蚊やハエや蛾を食べるとありました。
やはり思っていたとおり、夜行性のようでした。
手足の指は吸盤のようになっていて、ガラス面も登ることができるとのこと。
こんなに小さな赤ちゃんヤモリさんでさえ、
よ〜く観察してみると、
しっかり、かわいらしい手と足があります。
とっても当たり前のことなのですが、私は、
あまりにも小さなヤモリさんの手足に感激してしまいました。
今日の赤ちゃんヤモリさんは、
一体どここらやってきたの???
こんな雨のお天気では、
外の自然界に出すなんて、今のところできそうにないし、
一体、どうしたらよいのでしょう。
こんな時に、
子供たちがいたら、さぞや大喜びをしてしまいそうです!
まだまだ、素手で、
赤ちゃんヤモリさんをさわる勇気はない私は、
今日もまた、
赤ちゃんヤモリさん語り合う1日がはじまるのでしょうか?
後編
夕方より少し前に、
やっと大雨があがりました。
もう、外は、さわやかになりはじめて、
雨も降りそうにありません。
相変わらず、
キッチンの小窓の赤ちゃんヤモリのやもやもは、
微動だにしないで、
網戸にへばりついています。
お外に出たいのでしょうか?
先ほども
ヤモリさんとゲッコーについてインターネットで調べてみたところによれば、
ペットとして飼っているいる人は、
蚊やその他のえさをあげているようでした。
でも、家の中には、
蚊はいません。
もちろん、外には、ヤモリさんに必要なものが、いっぱいるのは確かなので、
お外に出してあげる方がよさそうです。
もしかすると
お母さんヤモリさんが、
どこかに卵を産んでいたのでしょうか?
今日も、
私は小さなビニール袋をもってきて、その中に入ってもらおうとしましたが、
網戸をビニール袋で覆ってみても
やもやもさんは、動く気配がありません。
でも、家の中にやもやもさんの食べ物がないのですから、
やっぱり、お外に返してあげるのがベストだとそう思い、
今日は、網戸をはずして、地面に直接、降りてもらうことにしました。
キッチンの小窓の下の辺りは、
土があって、葉っぱさんもたくさん茂っています。
私は、網戸をはずして、
できるだけ地面の近くにまで持っていって、
赤ちゃんものやもさんを
お外に導きました。
今度は、家の中でなくて、
家の外回りで、我が家を守って下さいね!
ヤモリさんは家守とも言われています。
やもやもさんが家の外で、
本来の使命を生かしてたくましく生きてもらいたいと願いつつ、
心からヤモリさんの種族の方々に愛と感謝を贈りました。
今日の赤ちゃんやもやもさんの贈り物は、こちらをどうぞ。
クレアセンシャンス・フィーリングノート
真夏の谷間のプレゼント (20040815)
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