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葉山との出会い
私たちが、はじめて神奈川県の葉山の現在のスペースと出会った時、
なぜか、とってもしっくりと、ここが私たちの場所だという感覚がありました。
私たちは、自分の力のみでここに生きているのではなく、
実はたくさんの見えない世界の存在たちに
いっぱいサポートされて
生きています。
この葉山のスペースと出会ったのは、
私たち2人のソウルグループのガイドさんたちが、
21世紀の私たちにぴったりの場所として、
準備をしていてくれたのだと心からそう思っています。
ガイドさんたちは、私たち以上に、私たちの様々な事柄に精通しています。
その人の人生のブループリント(あらかじめ用意していた人生の青写真)、
出会う必要のある人々、
次のステップ、
新しい住処や、新しい仕事の方向性などなど。
私たちが顕在意識上で気がつく前から、
ガイドさんたちは、
様々な準備をしてくれているのです。
けれども、地上的な肉体を持っていない彼らは、
地上にいる人間の自由意志を尊重するというガイドラインがあります。
それゆえに、ふっとその気にさせてみたり、
最高の可能性をチョイスしようとする時には、せっせと他の人々にも働きかけて
人間関係が円滑に進むように後押ししたり、
時には、あまりお薦めでない方向に進みそうな場合には、
あえて、その道に障害物を置いてみたり、
こうして、私たちを日々、最高の可能性をチョイスできるようにとガイドしています。
ガイドさんたちはシンクロにシティー(共時性)が大好きです。
私たちが、ぼやっとしてなかなか気付いてくれない時には、
たくさんのシンクロにシティーを起こして、
私たちの気を引こうとしてくれます。
あるいは、
道に迷いそうな時に、それでOKだよと言わんばかりに
楽しくてうれしくなるような
ステキなシンクロにシティーをプレゼントしてくれます。
代々木上原から葉山へ
私たちは、2000年の秋に、葉山とめぐり合い、
2000年の11月末に渋谷区の代々木上原から葉山の地に越してきました。
かつて、代々木上原に住んでいた頃は、
しばしば、お散歩で代々木公園や明治神宮に出かけました。
代々木公園は、広大な芝生と樹木の配列による
海外の公園を模倣されて作られたやや美しさがあるとするならば、
葉山には、まだ手付かずの自然が残っています。
できたてほやほやで、夜景には新宿の高層ビルが美しいという
静かな街でもあり、また洗練された都会のマンションから、
建築してから何年か経た
葉山のかわいらしいスペースへと移り住み、
この数年の間に、私は様々なことを学びました。
自然とこれほど密接な生活をしたことのなかった私には、
日々、発見と驚きと、時には本当に驚くような大自然との
様々な出会いがあります。
陽風木もれ日庵
私たちは、葉山のこのスペースを陽風木もれ日庵と名づけました。
陽風木もれ日庵では、
たくさんの借景を楽しませてもらっています。
まさにユニバーサルファンドからのアバンダンスな贈り物です!
今、パソコンをしている私の窓の向こうには、
白い山桜が少しずつ咲き始めているのが見えます。
そして、その向こうには、竹やぶがあります。
竹やぶの向こうから太陽の陽が注いでくると、
それはまさに木もれ日そのものです!
そして、時おり風がそよぐと、
竹やぶが風に揺れると、木もれ日も一緒になって、自然の動きに同調し、
すばらしい自然の光景が部屋の中に映し出されます。
障子を通して、あるいは、真っ白なテーブルに
木もれ日がゆらゆらと
すばらしい文様を作り出してくれることもあります。
私たちは、この家に越して来て、まず一番に取り掛かったのは、
1Fのリビングの障子でした。
当初は、カーテンレールがついていたのですが、
私たちのイメージでは、
竹やぶには障子がしっくりとしたのです。
偶然にも私たちは、地元のすてきなリフォームの会社と出会いました。
私たちは、通常の企画にはないような
提案をしたところ、
そのリフォーム会社の社長さんは、
細めの障子4枚にして欲しいという奇抜なアイディアを
職人さんとの橋渡しとして採用してくれました。
フローリングの床には、レールを貼り、
窓ガラスの枠組みまで、木で囲むという離れ業によって、
あたかも、最初から障子があったようなすならしさに
施行してくれたのでした。
リフォーム会社の社長さんが、
職人さんにイメージを伝えている様子は、
まさに、現代語から、かつての用語に通訳しているような技を垣間見ました。
私には、メートルとかセンチを使って説明しつつも、
職人さんに対しては、尺とか寸を使って説明しているのです。
日本には、まだこうした伝統が残っているのが伝わってきました。
その職人さんも、
本当に丁寧に心を込めた仕事をして下さいました。
こうして、陽風木もれ日庵の1Fのスペースは、
和洋折衷の私たちらしい空間が整いはじめたのでした。
この1Fの障子のあるリビングには、
かつて購入していた書棚が3本ちょうど、ぴったり収まりました。
インテリア学校に通っていたこともある私は、
インテリアが大好きです。
葉山に来てからは、
自然界の多くの存在たちと共存することの学びがあって、
インテリアどころではなかったりもするのですが、
今、パソコンをしているリビングには、
かつての代々木上原の思い出の家具も一緒にいます。
当時は、ちょっと時間があるとお散歩がてらに電車に乗ったり、あるいは徒歩で、
私はしばしば大好きな表参道の街にでかけました。
大量の本が収納できて、キャスター付きで、
マンションなどでは間仕切りにもなる本棚は、私が見つけた大ヒットです!
また、手さわり、肌さわりの感覚を楽しむことが大好きな私は、
とってもお気に入りのオーダー家具のお店がありました。
そこで、チェリーのダイニングテーブルと
私たち2人のためのお好みの椅子をリクエストしました。
日常の食事は、こちらの桜の木のテーブルで、
そして、ワークショップなどは、
真っ白な
やさしいなめらかなフォームをしたテーブルを使っています。
障子の窓に、真っ白なテーブル!
ちょっとミスマッチなようでもありますが、
和風に偏らずに和風の障子とその他の洋風の家具たちが、
共存して調和している姿がとっても気に入っています。
2004年3月26日(クローバーさん)
今日は、朝の大雨はやみ、
外では、うぐいすのきょけょちゃんがさえずっています。
けきょちゃんは私がうぐいすさんについけているニックネームです!
3月もそろそろ終わりというのに、
まだコートが手放せません。
パソコンの横には、
コーヒーの木の鉢の土の部分に、
クローバーさんがいっぱい咲いています。
このクローバーさんは、かつてアーモンドの小さい木とともに、
我が家にやってきたクローバーさんのこぼれ種から生まれた子供たちです。
東京に住んでいた頃には、
緑を欲していた私は、本当に多くの鉢を
家の中にも、バルコニーにも置いていました。
そんな頃にテーブルに乗るほどの小さな鉢植えのアーモンドの木と出会い、
しばらくして、すてきな生命の物語がはじまったのでした。
ある時、私は、ふっと耳を澄ましました。
なにやら私の横で、ぱちぱちと音が聞こえるではないですか?
最初は、一体何の音なのか検討もつかなかったのですが、
なんと、そのぱちぱちという音は、
クローバーさんの種がはじめる音だったのでした。
アーモンドさんの鉢には、ある頃から
クローバーさんが咲き始めていました。
そのクローバーさんが、成長し、ちょうど、
子孫を残す活動が始まったところだったのです。
クローバーさんは、ものすごい勢いで、音を出しながら、
自らの内にある種を遠くに飛ばすします。
その種を飛び散らせる音といい、
おもしろさといったら、ありませんでした。
しばらくの間、私は、せっせと、
そこここに飛び散ったクローバーさんの種を
一生懸命に集めたことを思い出します。
その時のこぼれ種が今こうして、私の横のコーヒーの木の鉢の中で
生命のいぶきを発しています!
こんなとりとめもないことをこのコーナーでは書き綴ってみたいと思っています。
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