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私にとってのメディテーションの移り変わり
私は、ある頃より、意識的にメディテーションから離れていました。
そして、2004年の春、また自然な欲求とともに、新しい形で、メディテーションと再開しはじめています。
このコーナーは、私にとって、メディテーションについてのノートです。
私が、瞑想を行いはじめたのは、おそらくレイキのクラスを受講した頃だったのではないかと思います。
そして、その後、オーラ・ソーマのクラスを受講しはじめてからというものは、
5日間のクラスの朝、一番に瞑想の時間があり、
これによって、いつしか自分自身の生活の中に瞑想タイムが重要なものとなりはじめました。
また、時折、ワークショップに参加したり、個人セッションで体験したり、伝授された瞑想法を楽しんでいた時期もあれば、
ヒプノセラピーやクリスタルヒーリングのクラスの際に習得した誘導瞑想を行ってみたり、
サージ・カヒリ・キングのクラスで体験したお好みの呼吸法や瞑想を味わったりしていました。
また、人生のとても困難と感じられたある時期、私は
1人で瞑想することのあぶなっかしさ感じつつも、瞑想の必要性を痛感していた時期もありました。
私は、とっても怖がりな側面を携えているので、瞑想=安全であることが私にとっては重要なテーマでもありました。
それゆえに、当時は、実際にティーチャーから直接、習った瞑想法、
あるいは、ティーチャーの元で行う瞑想を除いては、
自分で本を読んだりして見ようを見真似で瞑想することなどはありませんでした。
この瞑想との関わり方は、私を今日まで、とても安全な形で導いてくれたと感じています。
よき指導者の方々は、瞑想の際の心構えやその他をティーチングしてくれるために、
それらのちょっとしたこつが私たちを安全にスピリチュアルな世界へとみちびいてくれるのです。
1990年代のある時期、私は人生において非情に困難な状況に遭遇していました。
それは、私自身の問題というよりも、環境における困難さだ
ったのですが、
あまりにもエネルギーの混乱のある中にいた私は、
安定した心の状態を求めつつも、
このような状態で、1人で瞑想をする危険を感じていました。
ちょうど、その時、
かつてから興味があったものの、体験コースのみで本格的には受講したことのなかった、
ライトボディーの覚醒化コースのお誘いがありました。
その案内は、アリエールを日本にオーガナイズしていた友人からのものでした。
1ヶ月に2日間ずつ、3ヶ月に渡ってのクラスを受講しながら、
私は、再びライトボディーの覚醒化のCDとともに、
メディテーションを再開することができました。
当時の私にとっては、介護のサポートのための病院のベッドの傍らで、
習ったばかりのメディテーションを静かに行うことによって、
私自身もまた、その部全体のヴァイブレーションを安定させるためにも、
とても役立ったことを覚えています。
さて、その後も、ある時には、1日に朝晩1時間ほどの瞑想をかかさず行っていた時期もあれば、
人生の流れとともに、瞑想の内容もまた瞑想のやり方も
随分と変化しています。
ここ、葉山に越してから、私は、自然のヴァイブレーションを味わうおもしろさを発見しました。
エンジェリックハーモニーの陽風木もれ日庵では、
とっても身近に自然を案じることができます。
葉山に来て、私はそれまでのストイックな瞑想の取り組みを手放してしまいました。
瞑想したくなったら、その時がメディテーションタイムというそんな感じへと私の瞑想は変化しました。
窓を開け放ち、
自然な風の流れを感じ、木々の緑を目にしながら、
そこにたたずむ感覚は、本当に幸せそのものです。
葉山に越してしてきてしばらくした頃、私はあることを発見しました。
とても単純なことなのですが、その時の感激は今でも鮮明に覚えています。
それは、グラウンディングに関する気づきだったのです。
これまで、私は、様々な方法でのグランディングの方法を習ってきましたが、
ついに、自分自身の中からあることを発見したのでした。
それは、「まるごと、ぼ〜ん!!!」という感覚なのです。
言葉で現すのは、とてもむずかしいのですが、
それは、これまで習ったどのようグランディングとも異なりました。
ああして、こうして、次の○○をイメージしてというやり方ではなく、
ただ、座っている自分自身の所に、自らのエネルギーをまるごとすべてここに集める感じなのです。
そこには、考えるという余地はなく、ただ在るのみです!
この時、私は、テクニックとは反対側のおもしろさを発見したのかもしれません。
また、それと同じ頃から、
私は、することではなく在ることのおもしろさに開眼しはじめました。
あることそのものの叡智は、
きっと葉山のたくさんの樹木さんたちから届いた贈り物だったと今では感じます。
これまでの西洋文明主導型の右肩上がりでなければならないという経済システムは、
することに価値が置かれていたとするならば、
この在ることそのものに価値を与えるという見方は、
とても東洋的な感じ方のように思えます。
することから在ることへの移行については、
あまりにも書きたいことがいあっぱいあるので、また別の機会に譲るとして、
またメディテーションに話を戻したいと思います。
葉山でのある夏の日、また私は、おどろくべき感激を体験をしました。
葉山に来て、夏のセミさんの合唱のすばらしさに驚きはじめた私は、
早朝、セミさんの大合唱会がいたるところから聞こえる中で、
メディテーションをはじめました。
早い時は、朝の4時くらいからセミさんが鳴き始め、
寝ているどころではないのです。(笑い)
私は、せみさんに愛着を込めて、みんみん君という呼び名でと呼んでいるのですが、
みんみん君たちの大合唱をバックグランドミュージックにしながら、
私は、瞑想をはじめました。
するとどうでしょう。
これが、ものすごくよいのです。
どうよいのかというと、
みんみん君の大合唱だけが鳴り響き、
私は、自分自身の感覚ではなく、みんみん君たちのヴァイブレーションの海の中にすっぽりと
入ってしまう感じがするのでした。
意識は、空のようになって、
そこには、みんみん君のヴァイブレーションだけがあるのです。
そして、私もその中に包み込まれてしまいます。
なんて、すてきな感覚でしょう。
瞑想の時に、バックグランドミュージックをかけることがあるとするならば(私はほとんどしませんが)
みんみん君の大合唱は天然のBGMだったのでした。
その夏は、この最高のゆらぎと生の活力の満ちたみんみん君の大合唱とともに、
私の新しいお楽しみメディテーションがはじまりました。
私にとっては、こうして自分自身で発見していくおもしろさがお好みです。
彼と私の禅的接点
こうして、私が、
すると在るの違いの面白さに目覚めたり、
まるごとぼ〜んの発見や
みんみん君の大合唱の中で瞑想することのおもしろさに気づいたことを彼に話はじめます。
私は、禅そのものに興味はあるのですが、これまでに読んだ本というと、
ティックナットハンの2冊の本ばかり。
時々、興味があって、やさしそうな禅の本を買うのですが、
どれも、ぱらぱら〜とめくって、そのままになってしまいます。
なぜって、むずかしい言葉が出てくるとちんぷんかんぷんになってしまって‥‥
これに比べるとニューエイジの本は私にとって、すらすらと入ってくるから不思議です。
なぜか私には、禅の本は長続きして読めないのです。
私が読めそうにない本は、彼の独壇場です。
彼は、人生のある時期から真剣に禅に取り組んでいたとするならば、
私は、葉山に越してから、
自分自身の体験を通じて、やっと禅的なおもしろさに目覚め感じがします。
こうして、私たちは、禅に関して専門家でもある彼と、まったくの初心者の私が
ある地点で出会い、結婚しているのもとっても不思議な感じがします。
そして時々、
お互いに、
異なった観点から
禅的なおもしろさを共有したりして楽しみます。
2004年春、メディテーションを再開!
ある頃から私は、
わくわくしながら、メディテーションをしたくなるまでは、
しばらく、普通の生活を楽しもうと思いはじめました。
その頃の興味は、ハイアーセルフとの常時接続でした。
瞑想をした時にのみ、ハイアーセルフとコンタクトするのではあまりにもさみしいので、
新しい時代には、常時接続でなければ!と思ったのです。
そこで、いつか、ものすご〜く瞑想をしたくなるまでは、
日常的な生活を思う存分、楽しむことに決めたのでした。
私の場合は、お散歩をしたり、入浴をしたり、あるいは、お掃除をしていると、
直観が研ぎ澄まされます。
また、セッションの際にも、
ぱっとスイッチが入る感じです。
それゆえ、結構、この生活もおもしろくて、かなり長い間、
とりたてて瞑想をすることもない生活を楽しんでいたのです。
そして、今年、待ちに待った、
メディテーションをしたい!という欲求がふつふつと湧き上がってきました。
私は、気が長いタイプなので、ほんの少しのその兆しではなくて、
はじけそうになるまで、待ち続けました。
そして、春から少しずつ、
気の向いた時に、
自然な形で、座り始めたのです。
最近は、パソコンに向かってホームページの文章を書いていても、
高次元のサポートをきわめて頻繁に感じられ始めるようになり、
一時期は、このまま、これでもよいかしら・思っていたこともあるのですが、
あることをきっかけに、
これまでには、体験したこともないメディテーションのおもしろさに
再び開眼しはじめたのです。
(c)20040422 byディアナーラ
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